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福岡地方裁判所久留米支部 昭和42年(わ)142号 判決

被告人 秋吉孝実

主文

被告人を死刑に処する。

理由

(被告人の経歴ならびに判示第一の犯行に至るまでの経緯)

被告人は福岡県久留米市善導寺町飯田一〇三九番地において、農業をしている秋吉嘉市、同ヨシの二男として生まれ、地元の筑水中学校を卒業して後土方となり附近の土建会社を転々して働いているうち、昭和三一年一月二八日同県三井郡山本村大字耳納の道路上で顔見知りの若い女性(当二一年)を強姦しようとして襲い、所携の切出小刀で被害者の背部を三回突き刺すなどして治療四三日を要する傷害を加えた所為によつて、昭和三一年六月二七日少年の故をもつて懲役三年以上五年以下の不定期刑に処せられ服役したが、昭和三四年一月二六日仮出獄した後は、勤労、更生の意欲もなく飲酒遊興に耽り、遊興費に窮すれば、詐欺、窃盗をはたらき、昭和三四年六月二七日懲役一〇月、昭和三八年五月一四日懲役一年六月、昭和四〇年二月二六日懲役一年六月、昭和四一年一〇月七日懲役六月に処せられる等相次いで刑罰を受け殆ど刑務所生活を送つてきたものである。

昭和四二年四月七日上記最後の刑を受け終り福岡刑務所を出所して上記自宅に帰り、しばらくは農業の手伝いなどをしていたが同月末頃に至り、佐賀少年刑務所在監当時理髪師の手職を身につけていたことから、兄や妹のすすめもあつて、久留米市内宮崎理髪店に職人として働くことに話がきまり、同年五月二日妹が用意してくれた衣類、小遣銭等を持つて家を出たが、理髪師をするには手首等にした入墨を消さねばならぬことなど考えているうちそこで働らく気がなくなり、妹が買い与えた背広、靴等を入質して若干の金をつくり、四、五日間諸方を彷徨し、飲食費、旅館代等に金員を費消した後は、寺院や国鉄久留米駅等に泊り、その間判示第二、三記載の詐欺(無銭飲食)、窃盗を犯しているうち判示第一の同年五月一四日に至つたものである。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四二年五月一四日の昼すぎごろ福岡県浮羽郡田主丸町片ノ瀬橋北側食堂「清川」に至つて日本酒コツプ五杯とホルモン料理二皿を飲食し、所持金がなかつたので他から盗み乗つて来ていた自転車を代金のかわりとして同店に残し、同日午後一時三〇分ごろ右食堂を出て久留米市大橋町蜷川に至りその部落の農家からさらに自転車を盗んでこれに乗り、行くべき宛もなく同日午後二時すぎごろ右蜷川部落から同町常持部落を経て同市草野町に通ずる県道上にさしかかつたところ、同県道上を同じ方向に向つて通行中の山川A子(昭和三一年一月五日生)を認めるや同女より金員を強取しかつ同女を強姦しようと企て、一たん同女を追越した後約五〇米位行つたところから右方に通ずる農道を約五〇米行き、そこに自転車を置いて県道上に引返して同女を待伏せ、周囲の様子をうかがいつつ同女をやりすごし、附近に人車の姿のないことを確かめ、後方よりいきなり同女の後首を両手で押えつけて右県道西側にある同町合楽字住吉一三三八番地の一麦畑内に連行し、同所において同女を畝と畝との間の溝に突倒しその上に乗りかかり、右手で同女の咽喉部を押えつけ、かつ両足をもつて同女の両足を押えつけてその反抗を抑圧した上強いて同女を姦淫し、さらに同女が手に持つていた財布から金二六〇円を強取したのち、犯行の発覚をおそれて同女を殺害しようと決意し、同女の咽喉部を両手で強く押えつけ、もつて即時同所において同女を窒息させて殺害し

第二、飲食代金支払の意思及び能力がないのにかかわらず恰もあるように装つていわゆる無銭飲食をしようと企て別紙一覧表一記載のとおり昭和四二年五月九日午後八時頃から同月一二日午後一〇時頃までの間久留米市御井町高良山西三五七番地飲食店営業池田勝満方外三個所において同人外三名に対しいずれも飲食後代金を支払うように装つて飲食物を注文し、よつてその旨誤信した同人外三名より代金合計一、八〇〇円相当の飲食物の提供を受けてこれを各騙取し

第三、金銭に窮して他人の自転車を窃取しようと企て別紙一覧表二記載のとおり昭和四二年五月九日午後九時頃より同月一四日午後二時頃までの間久留米市合川町六の一田島重信方外三個所において同人外三名所有にかかる自転車四台雑品二点(時価合計二八、〇〇〇円相当)を各窃取し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中強盗強姦の点は刑法二四一条前段に、強盗殺人の点は同法二四〇条後段に各該当し、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により重い強盗殺人罪の刑に従うべく、判示第二の各所為はいずれも同法二四六条一項に、第三の各所為はいずれも同法二三五条に各該当し、以上は同法四五条前段の併合罪である。

そこで情状について考察するに、判示第一の犯行は当時大橋小学校六年生で一一才の少女である被害者山川A子を大担にも白昼、しかも県道上において後方から襲いかかり県道西側の犯行現場の麦畑内に連行したのであるが、その途中被害者において、被告人の意図を察知してか、手に握つていた財布をあげさげしながら「おつちやん金はやるけんが」と必死に哀願するのもきかず犯行現場まで後首を押えて連行し、麦畑の畝と畝との間の溝に突倒し、必死にもがく被害者を大人の腕力で圧倒し、いたいげな少女を強姦し同女の所持するわずかの金員二六〇円を強奪したうえ、犯行の発覚をおそれて、その時すでに人事不省に陥つていた同女の頸部を強く押しつけて殺害したものであつて、犯行の態様はまことに冷酷無情残忍非道の極みである。

被害者A子は久留米市大橋町常持八一六番地の一山川正夫、同秀子の長女で四人弟妹の頭であつて、責任感強く、弟妹を可愛がりよくその世話をするなど情愛の深い純真な少女であり、学業成績も優れ、校内揮毫会、県児童画展等においても一再ならず入賞したことがあり、祖父母、両親はA子の成長を楽しみに今日まで慈んできたのであるが、楽しい修学旅行から帰つた日の翌日、右旅行の際使いのこした小遣で書店から雑誌「少女フレンド」を買いこれを携えて帰宅する途上において被告人の魔手に倒れたのであつて、一家の悲嘆、驚愕はとうてい筆舌につくし難く、それ以来祖父母、両親は悲しみの余り家業も手につかざる有様であることが認められ、まことに同情にたえないところである。また本件犯行が平和な農村および世の親たちに与えた不安と憤激は極めて深刻なものがある。

被告人は前判示のごとく少年時代より強姦致傷罪をはじめとして数次の犯歴を重ねかつ本件犯行の直前被告人の更正を念願して力添えを与えた兄妹の思いやりにも報ゆることなく、無頼な生活に堕した挙句本件犯罪を敢行したものであるが、捜査の段階より公判の最終段階に至るまで「被害者ならびに遺族に対しては別に何とも思つていない」旨供述しているばかりでなく、本件全証拠によるも、また当公判廷においての態度に徴するも、罪の意識、良心の呵責、非行の懺悔等人間になくてはならない精神はその片鱗をも見出すことができないところであつて、その反社会性、犯罪性が如何に深いものであるかを思わせるものがある。

被告人は右犯行後久留米市草野町上町より電話一一〇番をもつて久留米警察署に対して本件犯行につき告知して自首した事実を認め得るところであるが、これとても自己の犯行を悔い改めた結果なしたものではなく、本件で奪取した金員をもつて同所酒類小売店で焼酎を飲んでいるうちについ口が軽くなり同店の家人をして右の電話をなさしめたものと認められるのであつて、上記犯情に照らすとき右自首をもつては刑の量定を左右するに足りず、本件における一切の証拠によるも他に被告人に有利に参酌すべき情状は認めることができない。

よつて被告人に対しては、判示第一の強盗殺人罪について所定刑中死刑を選択して処断せざるを得ず、これと併合罪の関係にある判示第二および第三の各罪の刑は、刑法四六条一項本文によりいずれもこれを科さないこととし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石田憲次 中園勝人 河上元康)

別紙一覧表

第一、第二〈省略〉

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